「なんでできんのや」からの解放 知能格差を知ることで見えた答え【貧困と脳】

知能格差についての悩み
ここ数年、知能格差について悩むことが多い。
それは、ハラスメント環境にいて精神的に病んでしまった時期に、自身の能力不足を痛感したことがきっかけかもしれん。
社会人になって感じた知能格差
社会人になってから、
- 「知能が劣等している」と感じる人に出会ったり、
- 身内にゴミ屋敷に住んでいる人がいて、なんとかしようとしたが受け入れられなかったり……。
いつしか、「なんでこの人はこんな簡単なことができないのか?」という悩みに変わっていった。
例えば、ゴミの日を覚えられない後輩には、「犬にお手を教えるほうが簡単やろ」と思ってしまったりな。
答えを求めて本を読む
その答えを知りたくて、いろんな本を読んだり、本の要約チャンネルを見たりした。
「発達障害グレーゾーンは~」みたいな論調の本は分かりやすいけど、なんか違うと感じていた。
「自分の言うことを聞かないヤツは発達障害」みたいな短絡的な考え方にはなりたくなかったしな。 仮にそれが結論だったとしても、その機序(メカニズム)をもっともっと知りたくて、すぐに答えを出さずにいろいろ読み続けた。
しっくりくる答えに出会う
そして最近、しっくりくる答えに出会えた。
貧困と脳 「働かない」のではなく「働けない」 (幻冬舎新書)
高次脳機能障害を抱えた筆者が、「働けない脳」の症状を、主観的な不安や苦しみを異常な解像度で描写した一冊。
働きたくても働けない現実
ワシらが当たり前にできる、レジでの支払い。
彼・彼女らは、小銭を数えている間に、何円だったか忘れてしまう。
もう一度、表記された価格を確認する。
でも、また小銭を数える間に忘れてしまう。
ワシらが「いや、普通にできるやろ」と思うことが、彼・彼女らにはできない。
「普通」の基準が上がる現代
そして今の時代、「普通」の基準が上がってしまっている。
教育現場で「発達障害が増えている」と聞く。
それは、「普通」の基準が上がり、昔より目立つようになっただけの話やと思う。
「知能格差」の本当の正体
この本を読んで、ワシの中でひとつの答えが出た。
「なんでこんな簡単なことができないのか?」
そう悩んでいたけど、それは “できない” のではなく、脳の仕組み的に “できなくなってしまう” ということなんや。
努力が足りないとか、怠けているとか、そういう話ではない。
脳の機能に個人差があり、それによって「できる・できない」が変わってくる。
そして、「普通」の基準が上がった現代では、その差がより顕著に見えるようになった。
つまり、「知能格差」は単なる能力差ではなく、環境や脳の特性によって生まれるものなんや。
これから自分ができること
それを知った今、ワシにできることは、「なんでできんのや」と怒ることじゃなく、相手の特性を理解した上で、どうすればうまくやれるかを考えることなんやろな。
ワシ自身もまた、完璧なわけじゃない。 なんなら自分もグレーゾーンにいると少し自覚があるからこそ、より自分や近しい環境の人を知りたいんや。
だからこそ、人の振り見て我が振り直しつつ、今できることをやっていこうと思う。