「生きにくさ」は個性だ——岡本太郎が教えてくれた自由の形 心の中に毒を持て

前回、世界に一つだけの花が嫌いという記事で触れた岡本太郎著「心の中に毒を持て」
前回、「世界に一つだけの花が嫌い」という記事で触れた岡本太郎著『心の中に毒を持て』。
この本は友人の勧めで読んだ。
友人も元消防士で、同僚をパワーハラスメントで亡くしている。
彼の勤めていた消防本部は、自分がいたところよりも上下関係が理不尽に厳しく、個性を出すことを否定され続ける職場だったのだろう。
今、彼はワーホリを経て、派遣ながらも社会的地位を得つつ、高収入の仕事に就いている。
近々、起業したいと言っていた。
そんな彼を自分は尊敬しているし、その道徳観、個性、倫理観に触れたくて、勧められた本を手に取った。
結果、最初のページの一行目から引き込まれ、自分を苦しめていた「生きにくさ」の正体を教えてもらえた。
“人生は積み重ねだと誰でも思っているようだ。ぼくは逆に、積みへらすべきだと思う。財産も知識も、蓄えれば蓄えるほど、かえって人間は自在さを失ってしまう。過去の蓄積にこだわると、いつの間にか堆積物に埋もれて身動きができなくなる。”
あぁ、俺は今までの人生を「積み重ね」だと思っていた。
30代半ばで、独身で、何も残せるものがないことに恐怖を感じていた。しかし、重ねてこなかったが故に、切り捨ててきたが為に、今の自分には自在さがあり、自由があり、個があるのだと実感できた。
かごいっぱいに大好きな物を詰め込む人生もよかろうが、それを取捨選択し、最後に残ったものが自分の芯なのだ。
自分の芯にあるのは、自由の訴求。
自分は社会的に浮いている状態だ。
同世代は結婚し、子供を産み、家をローンで購入し、終の棲家を構えている。
自分は独身で、賃貸で、自由の土台になるお金を無心に集めている。
自分の土台は自由で、お金で、それ以外を今、かごに入れていない。
逆に、一般的な平均値を生きようと思ったなら、それは自分ではなくなってしまう。
「他人にどう思われるかばかり考えていたら、絶対的な自分は存在しない。」(岡本太郎)
大人になるにつれ、周囲の評価を気にするようになる。
しかし、他人と比べてばかりでは、自分の人生を生きることはできない。
自分の気持ちに素直に生きることこそが、本当の意味での「自分らしさ」なのだ。
生きにくい、他人と違う。
これはアイデンティティだ。
僕は今、虚無感を感じている。それは、自己のアイデンティティを守るために安定を取っているからだ。
虚無感をなくすには、安定を捨てて挑戦すること。
自分はあと何年生きるのか、すでに不安に感じている。
そこには、重ねてこなかった人生があるだけだが、だからこそ積める荷物がある。
何を持って生きようか——探していこう。